豊土の国グランディール、煉瓦と鋼の王都グランヘヴン、――ある街角。
そのとき、少女は〈鬼〉をみた。
少女の腕から、宅配用の大きめのバスケットがどさりと音をたてて、煉瓦敷きの地面に
落ちる。バスケットは横向きに倒れ、藤で編んだフタがあき、中からいくつものパンが転
がり出た。少女の母が丹精につくりあげた、大切な商品たちだ。
けれど、少女はそのことを『しまった』と思う余裕もなく、眼前でくり広げられている
光景に見入っていた。視線をそらすこともできず、体を硬直させたまま、見ていることし
かできなかった。恐怖に身をからめとられていた。
そのとき、少女はまだそれを〈鬼〉と表現することすらできなかった。大人の身のたけ
の倍はある、巨大な、異形の、人影。夕暮れをすぎ、夜の群青色が街を覆おうとしている
中で、人影は空間にぽっかりと人型の穴があいたような、深い闇色をしていた。
異形の人影は、左手にもうひとつ小さな人影をぶらさげていた。体格の違いから、まる
で軽々と人形をつかんでいるようにも見える。その小さな人影が、自分と同じ年ごろの娘
であることに気づき、少女の膝がはっきりと震えだした。
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